逆転の奉仕

2024年1月14日(日) 第二主日礼拝

宣教者 岡村直子牧師

マルコによる福音書 18章32~45節

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【今日のメッセージ】

イエスは事の本質を見抜くするどい目を持っておられました。弟子たちや従って来た人々に御自分の死と復活を語られた後の弟子たちの様子から、イエスは彼らが求めている内実を知って、とてもわかりやすく具体的に、彼らにとって必要なことを指摘されるのです。
弟子のヤコブとヨハネが願ったのは、イエスさまと共に栄光を受ける椅子に座りたいというものでした。他の弟子たちと共に皆が、というのではなく、特別に自分たちだけが、その座に座りたいということです。このことの根本にあるものをイエスは見抜かれて、他の弟子たち皆を呼び寄せて教えます。「あなたがたの中で偉くなりたいものは、皆に仕える者になり、いちばん上になりたい者は、すべての人の僕になりなさい。」と言われました。その根拠として、イエス御自身が、仕えられるためではなく仕えるために、また多くの人の身代金として自分の命を献げるためにきたのであるから、と言われました。
仕えるとは僕や奴隷の立場になることであり、その名詞形として奉仕としています
が、国家や社会や目上の人などのために私心を捨てて力を尽くすことを言います。皆が仕えられる存在になりたいとは思っても、他者の為に奉仕をする者にはなりたくないというのが一般的な思いだったでしょう。ユダヤ人は他国のローマに支配されていてそのみじめさを十分に味わってきたからです。
私たちは生まれた時から競争社会の中で生きることを学ばされます。他者よりも上にいて支配するものとなることに憧れをもつように教育されます。けれども私たち、キリストをとおして神を礼拝する私たちは、キリストの言葉にしたがって生きるのです。よくわからないながらも祈りつつ、イエスがおっしゃった意味を考えながら、自分を人と比べて一喜一憂する生き方とは違う、イエスにならう生き方を選び取って生きるように導かれていきます。

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【聖書から】

18:1 そのとき、弟子たちがイエスのところに来て、「いったいだれが、天の国でいちばん偉いのでしょうか」と言った。
18:2 そこで、イエスは一人の子供を呼び寄せ、彼らの中に立たせて、
18:3 言われた。「はっきり言っておく。心を入れ替えて子供のようにならなければ、決して天の国に入ることはできない。
18:4 自分を低くして、この子供のようになる人が、天の国でいちばん偉いのだ。
18:5 わたしの名のためにこのような一人の子供を受け入れる者は、わたしを受け入れるのである。」
18:6 「しかし、わたしを信じるこれらの小さな者の一人をつまずかせる者は、大きな石臼を首に懸けられて、深い海に沈められる方がましである。
18:7 世は人をつまずかせるから不幸だ。つまずきは避けられない。だが、つまずきをもたらす者は不幸である。
18:8 もし片方の手か足があなたをつまずかせるなら、それを切って捨ててしまいなさい。両手両足がそろったまま永遠の火に投げ込まれるよりは、片手片足になっても命にあずかる方がよい。
18:9 もし片方の目があなたをつまずかせるなら、えぐり出して捨ててしまいなさい。両方の目がそろったまま火の地獄に投げ込まれるよりは、一つの目になっても命にあずかる方がよい。」
18:10 「これらの小さな者を一人でも軽んじないように気をつけなさい。言っておくが、彼らの天使たちは天でいつもわたしの天の父の御顔を仰いでいるのである。†
18:12 あなたがたはどう思うか。ある人が羊を百匹持っていて、その一匹が迷い出たとすれば、九十九匹を山に残しておいて、迷い出た一匹を捜しに行かないだろうか。
18:13 はっきり言っておくが、もし、それを見つけたら、迷わずにいた九十九匹より、その一匹のことを喜ぶだろう。
18:14 そのように、これらの小さな者が一人でも滅びることは、あなたがたの天の父の御心ではない。」
18:15 「兄弟があなたに対して罪を犯したなら、行って二人だけのところで忠告しなさい。言うことを聞き入れたら、兄弟を得たことになる。
18:16 聞き入れなければ、ほかに一人か二人、一緒に連れて行きなさい。すべてのことが、二人または三人の証人の口によって確定されるようになるためである。
18:17 それでも聞き入れなければ、教会に申し出なさい。教会の言うことも聞き入れないなら、その人を異邦人か徴税人と同様に見なしなさい。
18:18 はっきり言っておく。あなたがたが地上でつなぐことは、天上でもつながれ、あなたがたが地上で解くことは、天上でも解かれる。
18:19 また、はっきり言っておくが、どんな願い事であれ、あなたがたのうち二人が地上で心を一つにして求めるなら、わたしの天の父はそれをかなえてくださる。
18:20 二人または三人がわたしの名によって集まるところには、わたしもその中にいるのである。」
18:-1 「仲間を赦さない家来」のたとえ
18:21 そのとき、ペトロがイエスのところに来て言った。「主よ、兄弟がわたしに対して罪を犯したなら、何回赦すべきでしょうか。七回までですか。」
18:22 イエスは言われた。「あなたに言っておく。七回どころか七の七十倍までも赦しなさい。
18:23 そこで、天の国は次のようにたとえられる。ある王が、家来たちに貸した金の決済をしようとした。
18:24 決済し始めたところ、一万タラントン借金している家来が、王の前に連れて来られた。
18:25 しかし、返済できなかったので、主君はこの家来に、自分も妻も子も、また持ち物も全部売って返済するように命じた。
18:26 家来はひれ伏し、『どうか待ってください。きっと全部お返しします』としきりに願った。

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