待ち望む希望がある幸い

【今日のメッセージ】

今日は2023年最後の日で、主日礼拝の日となりました。クリスマスがあってその後に新年を迎えることに、神が先立って導いて下さっていることを象徴しているような気がいたします。2023年を振り返ると、様々なことがありました。そして一つが終ることは新しいことの始まりです。私たちは将来を知る事ができません。世の中では自分の運命や将来を知りたくて色々な占いが商売として成りたっています。しかし、私たちは神が伝えて下さった言葉や、神が最善に導かれた過去のことや、過去から続いている現在の神の御業を思いながら、神に感謝しつつ歩みます。ボートが前に進む時に自分は後ろ向きで漕ぐように、前は神が先立って導かれていることを信じて、神のなさったことへの感謝で進みます。
本日の聖書箇所はイエスが誕生なさってヨセフとマリアが当時の律法に従って、生まれて40日ほどたった赤ちゃんイエスを連れて、エルサレム神殿へ行ったときのお話です。高齢と思われるシメオンと84歳のアンナという二人の信仰者が、赤ちゃんイエスが入って来た時に、神が預言されていた救い主だとわかって、神を讃美し、ヨセフとマリアを祝福し、救いを待ち望んでいた人々にイエスのことを伝えたのでした。神の恵みも神からいただいた言葉もやがて忘れてしまうのが人間の常かもしれません。しかしシメオンやアンナは年をとってもそれぞれ神から受けた言葉を忘れずに待つことができたのでした。私たちはイエス・キリストの死と復活の後に生きるものであり、主の再臨を待つ中に生きています。私たちはイエス・キリストの愛に生きる教会として、これからも集って礼拝しつつ、社会の中で様々に神の恵みを証しして歩みます。与えられた出会いを大切にして、互いに祈り合い、希望をもって歩みます。

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