誓ってはならない

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2017年6月25日 第4主日 神学校週間礼拝

マタイによる福音書5章35~37節

宣教者:山本弘夫伝道主事

ユダヤの人々が長年守ってきた律法に対してキリストが「(律法では)これこれと命じられている。しかし私は言っておく。」との前置きで自らの権威によって新しい解釈を語るという前回からの続きの箇所です。

本日の箇所は、「偽り誓うな。主に対して誓ったことは必ず果たせ」との律法の定めに対して、キリストが、「しかし私は言っておく」との前置きのもとに「一切誓ってはならない」と語る箇所です。

旧約聖書だけではなく新約聖書のパウロの手紙にも誓うという行為が否定されずに出てきますので、キリストのこの言葉は形式的、律法的には解釈しない方が良いのかもしれません。

それではキリストのこの言葉の真意は何でしょうか。

一つ目は、神のものであり神が支配したもうこの世界に生きる私たちにとって、誓いを立てようと、誓いを立てなかろうと違いはない、自分の発する言葉、約束、行動に対して、誓わずとも誓ったと同じ誠意と責任をもって対応しなければならないということではないでしょうか。

二つ目は、自分の限界、分際、身の程を知って、神の御心にかなうならば、あれもしようこれもしようと行動計画を立てる謙虚な心が必要であるということではないでしょうか。

次に「あなた方は、『然り、然り』、『否、否』と言いなさい。それ以上のことは、悪いものからでるのである」との言葉についてです。

ヤコブの手紙では「然りを然りとし、否を否としなさい」と書かれています。良いことと悪いこと、正しいことと間違っていることをあいまいなままにしておいてはいけない、自分の態度、姿勢を良いこと、正しいことのためにはっきりとさせなさいということではないでしょうか。

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