律法について

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2017年3月19日

マタイによる福音書5章17~20節

宣教者:山本弘夫伝道主事

 一点目は、「わたしが来たのは、律法や預言者を廃止するためだと思ってはならない」です。「律法」については、狭い意味と広い意味がありますが、「律法や預言者」というときは、旧約聖書の全体を示すことが一般です。

二点目は、「すべてのことが実現し、天地が消え失せるまで、律法の文字から一点一画も消え去ることはない」についてです。世界が終わるまで律法の効力は確実かつ普遍的に続くことを意味します。

三点目は、「これらの最も小さな掟を一つでも破り、そうするように教える者は、天の国で最も小さい者と呼ばれる」です。天の国に入ることができたとしてもそこでの状態には違いがあることが語られます。私たちは、天の国での自分の立場や報いを求めるより神の愛に誠実に応答することに努め結果は神にお任せするのが良いのではないでしょうか。

四点目は、「あなたがたの義が律法学者やパリサイ派の人々の義にまさっていなければ・・・」です。律法の言葉をただ形式的表面的に守ることで天の国に入ろうとする当時の堕落した宗教家と同じレベルでいてはいけないと語られます。

五点目は「廃止するためではなく、完成するためである」です。この言葉の真意を求めるためには、聖書の他の箇所を調べる必要があります。

キリストは律法を決して言葉の形式的表面的意味からだけとらえてはいません。その言葉の奥にある真意は何かを語っております。

最終的には、心を尽くし精神を尽くし思いを尽くして主なる神を愛せよと、自分を愛すると同じように隣人を愛せよとの戒めに全ての律法の言葉は集約されるこことなります。

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