ロトのお・も・て・な・し

2022年10月23日(日) 第四主日礼拝

宣教者 高見龍介牧師

創世記 19章1~14節

主と主の御使いたちは、弱者を虐げ、不品行に生きる、罪にまみれたソドムとゴモラの町を滅ぼすために地上にやって来ました。しかし、「たった1人でも、ソドムの町に正しい人が住んでいるならば、その町を滅ぼさない」というのが、神がアブラハムとの間に結ばれた約束であったのです。
主の御使いたちがソドムの町に到着した時、ロトはいち早く彼らの存在に気づき、彼らをもてなしました。このロトの旅人に対するもてなしぶりは、18章で学んだあのアブラハムの愛のおもてなしに匹敵するものがありました。まず①立ち上がって迎え、地にひれ伏すという慇懃な挨拶をしたこと。②治安上の問題があって、我が家への宿泊を勧めたこと。③夕食にパンを提供していること。さらには、町のならず者たちが旅人たちをなぶりものにしようとして押しかけて来た時、④娘を盾に旅人たちを守ろうとしたこと。以上4つの行為から、ロトの旅人たちに対する心遣い、その思いやりの深さが伝わってくるのであり、まさしく彼こそが、「正しい人」と呼ぶにふさわしい人物であったのです。
「たった1人でも正しい人がいるなら、神はソドムの町を滅ぼされない」。この「正しい人」ロトのおかげで、ソドムの町は裁きから救われたのかと思いきや、物語の結末では、意外にもソドムの町の滅亡が語られているのです。それは一体なぜなのでしょうか? 神はアブラハムとの約束を反故にされたのでしょうか? それとも、ロトは「正しい人」ではなかったのでしょうか? 本日はそのことを明らかにしてみたいと思うのです。

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