創世記10章に登場する「ニムロド」なる人物は、一体どのような人だったのでしょうか? いい人だったのでしょうか? それとも悪い人だったのでしょうか?
彼を形容した言葉に「主の御前に勇敢な狩人」(9節)という表現があります。この「主の御前」とは、肯定的にも否定的な意味にもとれる言葉であると言われています。すなわち、「主への信仰により、ニムロドは勇敢で有能な支配者であった」と肯定的な意味に取ることもできるのですが、他方では否定的に「主の見たところ、主の手に負えないほど、主の前に立ちはだかる支配者」とも訳すことができると言うのです。さらには、「ニムロド」という名前には「反乱を起こす」という意味があるため、結果的にニムロドは、神様に忠実な人物だったのではなく、むしろ反逆する者であったと一般的には考えられているのです。
ユダヤ人の歴史家ヨセフスも、その著書「ユダヤ古代史」の中で、「ニムロドは人々に神を軽蔑させた者である」と語っています。すなわちニムロドは、「人々が幸せに生活できるのは、神様の恵みのおかげではなく、現実的な自分自身による政治的手腕のおかげである」と説き、神様に栄光を帰すのではなく、この自分に栄光を帰すことを人々に命じていたということなのです。結局のところ、彼の目指した「来るべき理想の国家」(中世キリスト教神学で「第三帝国」といいます)とは、人々の心を目に見えない神様や愛に向けさせることにあったのではなく、自らの筋力や能力、知力によってもたらされた現実的な業績に人々の心を向けさせるものだったのであり、その力を人々に信奉・崇拝させ、その現実的な力のみを追い求めて世界を支配していくことにあったのです。これが支配者ニムロドの実態であり、この神様の恵みを退け、業績を誇って自らを神とする彼の生き方の中にこそ、傲慢にして、堕落に陥りやすい「人間の本質」が見事に描き出されているのです。