断食するときには

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2018年3月18日    第二主日礼拝

マタイによる福音書6章16~18節

宣教者:山本弘夫伝道主事

 山上の垂訓のなかでイエスは、善行(貧しい人への施し)、祈り、断食について語っています。

本日は、断食についてです。断食は当時盛んにおこなわれていたようです。確かに断食には有益なところがあります。しかしその断食も自分はこんな立派なことをしていますと人に見せるがごときやり方では神様からの報いは期待できないと語ります。善行についても祈りについても同じ警告が語られます。

週に2回も断食していたとの話は、ルカによる福音書の18章に出てきます。不正を犯すことなく、週2回も断食し、十分の一の献金も捧げているパリサイ人がその宗教生活の正しさを誇りながら神に祈ったが義とされなかった。一方、徴税人が「この罪びとを憐れんでください」と謙そんに祈ったところ神に義とされたとキリストは語ります。

また、マルコによる福音書の2章では、キリストの弟子たちが断食をしないことにつき、「花婿が一緒にいるときは断食をしない」と語ります。

続いて「だれでも、新しいぶどう酒を古い革袋に入れはしない。そんなことをすれば、ぶどう酒は革袋を破り、ぶどう酒も革袋もだめになる。新しいぶどう酒は、新しい革袋に入れるべきだ」と語ります。

新しいぶどう酒とはキリストとその福音を指しているのではないでしょうか。そして私たちはそのぶどう酒を入れる革袋にたとえられます。

新しいぶどう酒を入れるために私たちは新しい革袋に変えられることが求められます。

神から与えられる愛と救いを受け入れる器(袋)へと神の力をいただいて変えられることは幸いです。

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