八福の教え(3)

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2016年11月27日

マタイによる福音書5章3~12節

宣教者 山本弘夫伝道主事

 キリストによる山上の説教のはじめの部分に八福の教えと呼ばれている言葉が書かれております。

今回はその3回目です。まず、八福の五つ目の「憐み深い人々は、幸いである、その人たちは憐みを受ける」から聖書に聴きます。

憐み深いとは、他の人の心の中にまで入ってその人の立場でものを見、その人の身になって考え、その人が感じるように感じることであります。

単なる外側からの同情ではなく、相手の立場に身を置いて、自分もいっしょに感じ、連帯することです。

それ以前の時代を含めてイエスの時代においては、宗教家たちはこまごました形式的律法、祭儀的律法を守ることにきゅうきゅうとしていて、本当に大切で肝心な憐みの心をおろそかにしていました。

イエスは、憐れみの心が本質的に大切であることを人々に改めて思い起こさせました。

八福の六つ目の言葉は「心の清い人々は、幸いである、その人たちは神を見る」です。

心の清い人とは、神を信じ、この世のむなしい事柄に惑わされることのない人です。

心が清いとは、心の動機が清いということです。

キリストに出会い、キリストを救い主として受け入れた人は、神の助けにより、古い自分を捨て、キリストに従い、キリストとともにある新しい命に生きることになります。その人の心は清く変えられます。

その人は、神を見、神に従い、神の祝福のうちを歩み、心の真の喜びを知ることができるようになります。

 

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