八福の教え(1)

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マタイによる福音書5章3節~12節

宣教者 山本弘夫伝道主事

 マタイによる福音書の第5章から第7章までに語られるキリストの説教は山上の垂訓と呼ばれております。

この山上の垂訓のはじめの部分で八福の教えが語られます。

一つ目は、「心の貧しい人々は、幸いである。天国はその人たちのものである。」であり、二つ目は「悲しむ人々は、さいわいである。その人たちは慰められる。」であります。

ここで「貧しい」の意味で使われているギリシャ語プトーコスは極度の貧しさ、みじめで苦しい貧困を表しています。

マタイでは「心の貧しい人」、ルカでは単に「貧しい人」と書かれていますが、どちらにしても、キリストはなぜそのような辛く苦しい貧しさに対して「幸いである」などと語ったのでしょうか。「悲しむ人々」も同様です。なぜそのような人々が幸いなのでしょうか。

キリストはここで価値観の大きな逆転を語っております。

私たちの常識的価値観を覆す大きな価値観の転換です。私たちは、家族、仕事、友人、健康、お金、楽しみなど外部的条件を大切にし、これに頼りこれに依存して生活しております。

しかしそれらは移ろい易くやがては消えて行くものです。今ある命もやがては去って行きます。

キリストは、そうした外部的条件に依存しない真の幸福があることをここで語っているのではないでしょうか。

それは、外部的条件に左右されない内部的なもの、霊的なもの、精神的なものであります。神を愛し、隣人を自分と同じように愛する生き方の中に真の幸福があるのではないでしょうか。

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