求められることを待つ神

2020年7月5日(日) 第一主日礼拝

宣教者 岡村直子牧師

ルカによる福音書 11章1〜13節

7月1日(水)午後3時から祈祷会が三密に気をつけながら再開され、会の最後に「主の祈り」を、心を合わせて皆で祈りました。感謝と喜びで溢れました。
今日の聖書の言葉は、弟子たちが主イエスに祈りを教えてくださいと願ったときの主イエスの言葉です。礼拝のときに必ず皆で祈る「主の祈り」の原型が、ルカによる福音書11章2節から4節です。マタイによる福音書6章にもありますが、ルカ福音書で主イエスが弟子たちに教えられた祈りはより簡潔で、その後に祈りについて神との関係が記されています。今日は主の祈りに続けて5節から13節で言われたたとえ話と奨励の言葉に焦点を当てることにします。主は、5節から8節でたとえ話しを用いた後に、こうしなさい、と励まして、プレゼントをくださる約束の言葉で締めくくっておられます。マタイによる福音書と重なる有名な言葉がここにも出てきます。「求めなさい。そうすれば、与えられる。探しなさい。そうすれば、見つかる。門をたたきなさい。そうすれば、開かれる。だれでも、求める者は受け、探す者は見つけ、門をたたく者には開かれる。」(ルカ11:9)神と人間は、父と子に表されるほど近しい間柄で、その神に対して親しく求めて良いのだという言葉は、直接の弟子でもない2000年後の私たちへの言葉でもあります。神に祈れる、神に求められる、という幸いは、イエス・キリストによってすべての人に与えられるものです。プレゼントは受け取った時にプレゼントになります。神は私たちがそれを“ありがとう!”と受け取って、用いて、喜び、驚き、感謝することになることを知っておられ、私たちの求める声を待っておられる神であります。

 

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