主の祈りについて

2017年11月26日  第四主日礼拝

マタイによる福音書6章9~15節

宣教者:山本弘夫伝道主事

 本日の聖書箇所は、イエス様が祈る時はこのように祈りなさいと語り見本として示された主の祈りについてです。

私たちは、礼拝のなかで文語体に訳された主の祈りを全員で祈ります。

まず始めに「天におられる私たちの父よ」と語りかけます。

世界の創造主であり世界を支配しておられる神様を親しく父と呼びかけなさいと語られます。ここには神様は慈愛深い父であるとの信仰が表現されております。なんと楽観的な世界観でありましょう。辛く悲しいことであっても全ての出来事は最終的には益になることとして善意に感謝をもって受け入れることが可能となります。ガラテアの信徒への手紙5章の「いつも喜んでいなさい、たえず祈りなさい、全てのことについて神に感謝しなさい。それがキリスト・イエスにあって神があなたがたに望んでおられることです。」との言葉は、このことを表しております。

呼びかけに続く祈りの始めの言葉は、「御名があがめられますように」です。神様を大いなる神様として正しく認識することは信仰にとって基本的に大切なことです。

二つ目は「御国が来ますように」です。御国即ち神の国とは神の御心が行われるところです。マタイの6章には「何よりもまず、神の国と神の義を求めなさい。そうすればあなたに必要なものは全て添えて与えられるであろう」と書かれています。

三つ目は「御心が行われますように、天におけるように地の上にも」です。これは二つ目の祈りである神の国の具体化でありましょう。神の御心が行われるところには一つの光が灯ります。その光の数が増えることで世界が明るく変えられます。

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