負け組こそ!

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2018年11月11日   第二主日礼拝

イザヤ書61章1~11節

宣教者:富田愛世牧師

【総中流社会】

日本ではいつごろからか、総中流という意識が強く、総中流社会であると自負していた時代が長く続きました。今もその意識から抜けられない人が大勢いると思います。最近のドラマなどには、明治から戦後にかけての古き良き日本、元気のあった日本を懐かしむものが多くみられるような気がします。

【格差社会】

そんな日本もバブルやリーマンショックを経験し、今度は格差社会と呼ばれる社会になってきました。そして、この格差社会の中で「勝ち組」「負け組」という言葉が現れたように思います。ただし、これは経済的な基準にすぎません。勝ち組とはその名の通り、年収の高い人であり、負け組とは年収の低い人に向けて語られる言葉のようです。

【人生の価値】

しかし、経済的な優劣で人の価値を測ることができるでしょうか。最近ではQOLという言葉が用いられ、人生の質が問われるようになりました。ただお金持ちになっても、それが幸せとは限らないと誰もが感じているのです。心身の健康、良好な人間関係、やりがいのある仕事、快適な住環境、充実した教育、趣味や休暇の過ごし方、これらも重要な人生の要素となるのです。

【負け組こそ!】

バビロン捕囚から解放され、エルサレムに帰ってきたイスラエルの民は、その現実に失望しました。経済的な余裕もなく、住環境も最悪、自分たちは負け組なのだと思っていたでしょう。しかし、そんなイスラエルに向かって、神は預言者を通して励ましを与えられました。現実のエルサレムは荒れ果て、人々の生活は悲しみの連続です。しかし、この悲しみの中にこそ、イエスの十字架の苦しみに通じる福音の喜びの種が蒔かれているのです。そして、喜びの芽が生え出るのです。

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