聖書を読んでごらん

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2019年3月17日   第三主日礼拝

ルカによる福音書16章19~31節

宣教者:富田愛世牧師

【話の背景】

このたとえ話の背景は14節にあるように「金に執着するファリサイ派の人々」がいたということです。彼らが地位や名誉を求める背景には「お金が欲しい」という欲望がありました。口では「律法を第一とする」と言いながら本心は「お金」だったのです。

【金持ちとラザロ】

この金持ちとラザロの関係はファリサイ派の人々と一般の貧しい人々とを象徴しています。貧しい病人であるラザロが家の門の前にいてもこの金持ちは知らないふりをしています。その証拠に、この金持ちはラザロの名前を知っているにも関わらず彼を助けようとしなかったのです。そこには貪欲な自己中心の思いしかなかったのです。

【それぞれの死後】

時が来てラザロも金持ちも死にました。まずここに神の公平があります。この世で富や名声を得ても、辛く苦しい日々を送っても、同じように死ぬのです。そして死後の審判が下るのです。ファリサイ派の人は、主の祝福を受けることは裕福になることで、貧乏人は祝福を受けていないと思っていました。しかし、ラザロは天国に行き、金持ちは黄泉の火の中で苦しみました。

【聖書を読んでごらん】

金持ちは自分のことはあきらめましたが、家族も同じような目に会わないように、ラザロを生き返らせて家族の元へ送ってほしいと願いました。死人が生き返るという奇跡を見て、家族が悔い改めると思ったのです。しかし、答えは「モーセと預言者がある」というものでした。確かにしるしや奇跡が信仰のきっかけになる場合もありますが、本当の悔い改めは、聖書の言葉からしか始まらないのです。

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