絶望からの出発

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エゼキエル書1章1~21節

宣教者:富田愛世牧師

【バビロン捕囚】

BC597年頃、バビロンの王ネブカドネツァルは南ユダ王国を攻め、エルサレム神殿を破壊し、神殿にあった宝物や祭具を奪うと共に国の主だった人々や職人たちをバビロンに強制移住させました。多くの人々はケバル河畔に居住させられ、バビロンのために働かされるのですが、奴隷のような状況ではなかったようです。

【預言者エゼキエル】

これらの捕囚の民の中に祭司の家系に属するエゼキエルという青年がいました。彼の父の名はブジといい祭司だったと記録されているので、エゼキエルも祭司だったと思われます。ユダのヨヤキン王が捕囚となって5年経った頃、エゼキエルに主の言葉が臨み、預言者としての活動を始めるのです。

【四つの生き物】

エゼキエルは主から幻を見せられます。それは、この世の常識からは想像することもできないような四つの生き物についての幻でした。ここで注意しなければならないのは、この生き物にばかり注目し、主のメッセージを見失うということです。この生き物は想像できない姿をしているので、恐ろしさを覚えるかもしれません。しかし、エゼキエルの心は嬉しさに捉われていたのです。この生き物は主なる神の偉大さを現していたのです。

【内なる喜び】

捕囚となっているイスラエルにとって、今は絶望の時かもしれません。しかし、主なる神は幻の中で不思議な生き物を見せることによって、人間の想像力の限界を知らせました。そして、エゼキエルは現実だけに目を奪われるのではなく、不可能と思える事でも主に期待を寄せるならば、私たちの想像を超えた主の御業が行われるという現実に出会うのです。

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