神の言葉はとこしえに

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2017年11月5日   第一主日礼拝

イザヤ書40章1~8節

宣教者:富田愛世牧師

【人の繁栄】

人が幸せだと思える状態の一つに「繁栄」ということがあります。現代日本においては経済的繁栄に重点が置かれているように感じます。戦後70年の歴史の中で経済的繁栄とその崩壊を見て、本当の価値観に気付いたように見えました。しかし、今回の選挙の結果を見る時、経済的な立て直しを国民は選択したように感じます。

【歴史の事実】

人間は歴史を学ぶことの出来る唯一の生き物だと思います。そして、聖書はその事実を私たちに語りかけます。イスラエルの歴史を見る時、ソロモン時代の繁栄を見ますが、一時の夢のようなもので、350年後にはバビロン捕囚となり、神殿を含むすべてを失いました。そのバビロンも同じで繁栄を見ますがペルシャによって滅ぼされます。イザヤの預言はバビロン捕囚からイスラエルが解放されるというものですが、イスラエルもバビロンも一時的な繁栄で永遠に続くものではありませんでした。

【目に映るもの】

目に見えるものはいつかは滅びる、ということを現代人の多くは頭で理解しています。しかし、実感はないのかもしれません。7~8節では、さらに踏み込んで「草は枯れ、花はしぼむ」と語ります。つまり自然についても同じだと語るのです。自然を見る時、私たちはその中に神の偉大さを感じます。しかし、その自然でさえ神の前には限りあるもので、いつかは滅びるものだと語るのです。

【神の言葉】

それでは私たちは何を土台とすれば良いのでしょうか。人の目に映る繁栄は一時的で人生の土台には成り得ません。神の造った自然という偉大なものを土台にしたいと思っても、それも永遠ではありません。しかし、聖書は神の言葉はとこしえだと語ります。ヨハネ福音書は、初めに言葉があり、言葉は神であると語ります。形もなく目にも見えない、しかし、人の心に語りかけ、生かし、励まし、力を与え続けるからこそ神の言葉はとこしえに変わる事がないのです。

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