甘いものに目がないあなた

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ヨハネの黙示録12章1~18節

2016年05月01日
宣教者 富田愛世 牧師

【幸せな生活】
人は誰でも幸せに生きることを望みます。誰も自分から苦しみたいと願う人はいないはずです。時には自分から進んで苦しみを受けているように見える人もいますが、その苦しみには必ず理由があります。そして、それも突き詰めてみれば自分の事柄となっていくのです。

【行き着くところ】
幸せを求めることによって、人類の生活は様々な面で豊かになってきました。文明の発達した現代社会は機械化により、何でも便利になりましたが、それが幸せなのでしょうか。哲学や医学、化学や物理学などの学問を究めることによって、幸せになれるのでしょうか。それらのものを究めたところで、本当の幸せにはならないのです。

【信仰を持つこと】
外面ではなく、内面の幸せ、それは魂が満たされるということです。人の努力や修行では魂を満たせません。魂が枯れているなら、それを潤すものが必要です。それが神の愛なのです。そして「そうだ」と信じるのが信仰なのです。宗教ではなくイエス・キリストを信じることなのです。ヨハネが見た幻は、イエスの誕生、そしてその生涯が苦難の連続であることを表しています。イエスの苦難の大きさは、私たちの罪の大きさなのです。この事実に対してどう応えていくか。それが信仰なのです。

【価値観の変化】
信仰を持つと幸せになれるのか。答えは YESでありNOなのです。それは、幸せの価値観が変わるからなのです。目先のことだけを考えて「幸せだ」と言うのではなく、永遠の命をいただくという幸せに変わるのです。黙示録が語るように信仰を持っても苦しいことがあるのです。しかし、最終的な勝利を、私たちは信仰によって確信することが出来るのです。

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