王の王、主の主

new-mercies

2018年10月14日   第二主日礼拝

詩編8編1~10節

宣教者:富田愛世牧師

【賛歌】

今日のテキストは詩篇で最初に登場する賛歌と呼ばれ、神賛美で始まり、神賛美で締めくくられるという珍しい形式をとっています。それでは、なぜ私たちは神を賛美するのでしょうか。賛美について考える時、二つの側面から見ていく必要があります。一つ目は具体的な礼拝行為から、もう一つはその意義という側面からです。礼拝での賛美は、音楽的な表現に限らず、賛美が担う部分は半分以上を占めています。

【賛美の意義】

次に賛美する意義ですが、究極的に人は神を賛美するために創造されたと聖書は語ります。今日のテキストにおける具体的な動機は、神の偉大さと愛の深さを告白する事です。本来、人は様々な感情を、自然な形で表現するように創られており、神はその姿を見て喜ばれるのです。賛美はその究極の姿であり、神をほめたたえるだけでなく、神からのメッセージであり、人を生かす力にもなるのです。

【神の主権】

自然な感情表現として、神の偉大さ、愛の深さを告白する時、神が主権を持って全宇宙を支配されている事に気付きます。その時、私たちは、どのような支配者をイメージするでしょうか。主なる神は、恐怖の支配者ではなく、愛の支配者なのです。人は罪に縛られ、自由を失っていました。その罪から解放しようというのが神の愛なのです。

【人とは何か】

しかし、なぜ神はそこまで人を愛してくださるのでしょうか。それは人が神の創造の業による最高傑作だからです。人は神より少し低く創られ、栄えと誉れを冠として与えられました。この証言によって、人は神にとって愛の対象である事が分かるのです。その神に応える方法として賛美が与えられているのです。

コメントは利用できません。

Copyright 2018 日本バプテスト東京第一教会