王の決断と父の涙

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サムエル記下18章19節~19章1節

2016年07月17日

宣教者 富田愛世牧師

【感情表現】

人は本来感情を持ち、感情を表現するように創造されています。感情の表現の仕方は人それぞれ、千差万別ありますが、表現しなければロボットのようになってしまうかも知れません。感情を表現するということは、その人の存在を他者に認めてもらうということであり、表現しなくなるならば、必ずどこかに歪みが出てしまうのです。聖書に登場するダビデは感情表現の豊かな人だったと思われています。

【立場】

感情表現が大切だということは多くの人が理解しています。しかし、大人になるにつれ感情を押し殺すようになります。それは自分の感情がうまく相手に伝わらなかったり、否定された経験を通して、素直に表現しない方が良いと学習するからです。また、人はそれぞれに立場というものがあり、それによって表現してよい事と、表現しない方が良いことが起こってきます。

【背景】

ダビデはサム上16章で油注がれ、王となる宣言を受けます。そしてサム下2章でユダの王、サム下5章でイスラエルとユダの王になります。ダビデには多くの子どもがいたようですが、成人すると互いに争い、アブサロムという子が反旗を翻し15章でイスラエルの王だと宣言し、父ダビデの敵となるのです。

【ダビデの立場】

自分の息子と争うこととなったダビデは悩んだと思います。王に従う者たちの前では、王として敵を討たなければなりません。しかし、心の奥では敵の将アブサロムの無事を願うのです。結果としてアブサロムはダビデ軍の手にかかり殺されてしまうのです。戦いに勝利したダビデは、喜びではなく大きな悲しみの中に立たされました。

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