恵まれた方

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2016年12月18日

ルカによる福音書1章28節

宣教者:富田愛世

【恵まれる】

あなたは「恵まれていますか」と質問されたら、どのように答えますか?貧困問題について、絶対的貧困と相対的貧困では対応の仕方が違うように、恵まれるということにも絶対的な恵まれ方と相対的な恵まれ方があるように思います。衣食住足りている私たちは相対的に恵まれていると位置づける事が出来ると思います。

【恵みとは?】

恵みとは何でしょうか。辞書によると「情けをかけること、いつくしみ、恩恵」と書かれていました。私が小さい頃、あるコメディアンが「右や左の旦那様、哀れな私にお恵みを」というセリフで笑いを取っていたのを覚えています。これは情けをかけることで相対的な恵みでしょう。自然の恵みや天の恵みと言われるものは恩恵なので、絶対的な恵みという事が出来るでしょう。

【マリアは恵まれていたのか】

それでは、この聖句の対象となっているマリアはどのように恵まれた方だったのでしょうか。相対的に見ると結婚が決まっていたので恵まれていました。しかし、次に続く「あなたは身ごもって男の子を生む」という言葉によって、その恵みは一瞬にして崩れたと言ってもいいでしょう。相対的な恵みというものは、些細な事柄、自分に都合の悪い事柄によって消えてしまうのかもしれません。

【絶対的な恵み】

一連の天使とのやり取りの結果、マリアは「お言葉どおり、この身に成りますように」と答えました。相対的に恵まれていないにも関わらず「恵まれた方」という言葉を受け入れたのです。その答えの背景には「主があなたと共におられる」という言葉があったはずです。大きな決断を下す時、何かの後ろ盾がなければ難しいのです。そう決断することによって失敗したらどうしよう、という不安がいつもあるのが現実です。それに対して神は「私、失敗しないので!」と宣言してくれるのです。確信に満ちた宣言は、責任を取るという覚悟を備え、私たちを後押ししてくれるのです。

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