復讐するは我にあらず

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2017年6月11日  第二主日礼拝

ローマの信徒への手紙12章17~13章10節

宣教者:富田愛世牧師

【復讐するは我にあり】

1976年に同名の小説で佐木隆三という作家が直木賞をとりました。また1979年には同名の映画が公開され、その後テレビドラマにもなるくらい注目度の高い作品だと思います。このタイトルはローマ12章19節からとられていて、悪人に報復を与えるのは神であるというテーマの元に書かれたものです。

【復讐は正しいこと?】

ここで「復讐」と訳されている言葉は「罰する」とも訳せる言葉で、人間関係の中で用いられるべきものとは違う気がします。そもそも私たちに他人を罰することが出来るのでしょうか。やられたらやり返すことを正当化した「仇討の文化」から死刑制度に続いた愚かさから「ハンムラビ法典」「ヘブライ語聖書」では復讐行為の限度を定め「クルアーン」「新約聖書」では復讐ではなく赦すことが勧められます。

【正義と悪】

復讐するということは加害者の悪行を罰するということが基本にあります。つまり「私の正義を貫くために悪を罰する」のです。しかし「私の正義」は絶対的な正義にはなりません。また、正義の反対が悪という認識は正しくなく、正義の反対は別の正義だということの方が多いのではないでしょうか。

【イエスの立場】

人間がいくら客観的になろうとしても、感情等によって主観的になってしまいます。それが人間の人間たる所以だと思います。正義を振りかざしたところで、それは普遍的な正義、絶対的な正義には成り得ません。イエスはそんな私たちに復讐することより愛することを勧めます。パウロもイエスの福音を生きようとする姿勢から同じように主張し、復讐は神に任せよと勧めるのです。神の復讐、それはイエスの十字架と復活の出来事に他なりません。

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