平和があるように

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2017年4月23日 入園・進級感謝合同礼拝

ヨハネによる福音書20章26節

宣教者:富田愛世牧師

【あいさつ】

私たちは日常生活の中で挨拶をします。挨拶とは人間関係をスムーズにさせるために必要な言葉やしぐさです。地域、文化によって様々なものがあります。また、仲間であることを確認するための独自のものもあります。いずれにしても、人との関係を作ったり、保ったり、発展させたりするために必要なものだと思います。

【挨拶した時の気持ち】

それでは実際に挨拶した時の気持ちはどうでしょうか。学校や町内会で「挨拶運動」が行われることがあります。大変良いことですが、強制されてするものではないような気がします。挨拶したくなる時というのは、自分の気持ちが晴れ晴れとしている時です。そして、挨拶が返ってくると嬉しいが、返って来ないと悲しい思いがします。

【挨拶された時の気持ち】

同じように挨拶された時の気持ちはどうでしょうか。自分の気持ちが良い時は手放しで嬉しくなって、挨拶を返します。しかし、気持ちが塞いでいる時はどうでしょうか。ある時は挨拶によって心を開くこともありますが、「面倒くさい」と思ってしまうこともあります。挨拶は万能ではありませんが、しないよりはした方が、関係を良くしたり、回復したり、発展させる可能性が高いと思います。

【平和があるように】

イエスが弟子たちに「平和があるように」と挨拶した時、弟子たちの心は塞いでいました。それは、自分たちも捕まるかも知れないという恐れとイエスを裏切ったという自責の念から心を閉ざしていたのです。そんな弟子たちにイエスは何もなかったかのように、いつものように「平和があるように」と挨拶してくれたのです。この言葉を聞いた時、弟子たちの心は一気に溶かされました。イエスが赦してくれた、愛してくれているということを実感できたのです。イエスの一言、その言葉は私たちの閉ざされた心を開いてくださるのです。

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