嵐の中から

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2017年10月22日  第四主日礼拝

ヨブ記38章1~11節

宣教者:富田愛世牧師

【神はいるのか?】

「神はいるのか?」という疑問は大きな災害の後に必ず聞かれます。また「神がいるなら見せてみろ」という質問も日本ではよく聞かれるものです。現代社会には唯物論的な考え方が蔓延していて、見えるものや、科学的に存在理由を証明できるものに価値を置く傾向があるように感じます。しかし、聖書の語る神とは「創造主」なのです。つまり、何かによって作られたものではなく、作った主体なのです。

【神はどこにいるのか?】

作った主体だということは「ここにいる」「あそこにいる」という存在ではなく遍在しているのです。しかし、聖書の神は「愛(関係性)」の神なので、時と場所を定めご自身を表わすこともあるのです。この箇所では「嵐の中」からヨブに答えています。これは神の偉大さを表わす表現の一つなのです。

【嵐】

現実の「嵐」も私たちの生活を脅かしますが、私たちの人生にも様々な「嵐」が襲い掛かります。嵐の真っただ中にいる時は、この世の終わりのように感じますが、嵐が過ぎ去るときれいな青空が広がります。嵐の中にいる神とは、私たちが不安、恐れ、危険、心配の中にいる時、共にいてくださるということを意味しているのではないでしょうか。

【偉大な神】

神はヨブに対して「世界を創ったのは誰か?どのように設計したのか?その時、あなたはどこにいたのか?」と質問をします。この質問は私たちにも投げかけられているのです。私たちはどのように答えるでしょうか。目の前の事柄ではなく、根源的な事柄に目を向ける時、神の偉大さを思い知らされるのです。そして、同時に自分の小ささ、弱さ、罪深さを知らされるのです。

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