信じ、語った

new-mercies

2018年6月10日   第二主日礼拝

聖書:コリントの信徒への手紙二4章1~15節

宣教者:富田愛世牧師

【価値あるもの】

私たちにとって、価値あるものとは何でしょうか?人それぞれの価値観の中で、ある人には価値あるものが、別の人には無価値であるということもあります。パウロにとって価値あるものは、キリストに出会う前と後で逆転してしまいました。フィリピ3章5節によると家系、律法、ユダヤ教に対する忠誠心のようなものを大切にしていたことが分かります。

【土の器】

それらはユダヤ教徒にとって当然の事であり、疑う余地のないものでした。しかし、キリストに出会ったパウロにとっては全く価値のないものになったのです。元々は誇り高いパウロがこの箇所では自分を土の器と語ります。しかし、この土の器には宝、もしくは光が入っているというのです。宝とは福音であり、6節では「闇から光が輝きでよ」と語り、福音がこの世の闇を照らすと語るのです。

【ひびから光】

土の器とは、きれいな形ではなく、いびつで欠けだらけ、誰からも見向きもされないかもしれません。しかし、欠けがあるということは否定的な事とは限りません。中身によっては欠けが用いられるのです。この器の欠け(ひび)は中の光を外に向けて輝かせるのです。

【だから信じ、語った】

神のなさる業は私たち人間の想像をはるかに超えています。人の目には無価値で、欠けだらけと映るものさえ、神は用いられるのです。だからパウロはその神の業を信じたのです。もし、頭で理解しただけなら、机上の事としてそれで終わるでしょう。しかし、パウロは実体験として信じたのです。復活のキリストに出会った。だから黙っていられない。信じ、そして、語ったのです。キリストに背中を押され、踏み出したのです。

メッセージの動画をYOU TUBEにアップしています。

下記のアドレスにアクセスしてください。

「信じ、語った」 https://youtu.be/jYEqUKMdKXQ

コメントは利用できません。

Copyright 2018 日本バプテスト東京第一教会