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2018年1月14日  第二主日礼拝

マルコによる福音書2章1~12節

宣教者:富田愛世

【イエスの側に来た人々】

イエスの側には色々な人が集まってきました。その言葉に心を動かされた人々、病気を癒してほしいと願う人々、興味半分の人々、ユダヤ教の伝統を重んじイエスを非難しようとする人々、ありとあらゆる人々が集まってきました。その中でイエスは神の国の福音を語りました。人々が分かる言葉で、愛をもって語られたのです。

【熱心な人々】

マルコ2章にはイエスの側にいた「熱心」な人々が登場します。中風の人を運んできた4人の「熱心」な信仰は記録されているとおりです。他に「律法」に対する熱心さを持った律法学者たち、そして、そこに集まってきた「群衆」も熱心さのゆえに集まってきました。しかし、群衆の熱心さは中風の人の邪魔をしました。ところが群衆に邪魔されたことが4人の熱心さを際立たせる結果になったのです。

【4人の信仰と律法学者の理屈】

4人は常識的な手段で中風の人を連れて行くことができなかったので、非常識な手段をとりました。しかし、イエスは彼らの信仰を認めたのです。それを見ていた律法学者たちは「神以外に罪を赦すことは出来ない」と心の中で思い、イエスを裁きました。律法学者たちの熱心さはイエスを裁く方向に向かったのです。

【赦す権威】

人には罪を赦すことは出来ません。同じように裁くことも出来ないのです。私が相手を赦したり裁いたりする時、私の正義が絶対で相手が間違っているという関係に立ちます。しかし、私たち人間の正義は絶対ではありません。相対的に見るならば正しく見える場合もありますが、そのような場合でも、一方的な赦しや裁きということは出来ないはずです。私たちにできることはお互いに赦し合うことなのです。そして主から赦されていることを感謝し、喜ぶことだけなのです。

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