オールマイティ

2019年5月19日   第三主日合同礼拝

ヨブ記41章3節

宣教者:富田愛世牧師

【オールマイティ】

神に対して皆さんはどのようなイメージを持っておられるでしょうか。「どこか空の上の方から人間を監視して、悪いことをしたら罰(バチ)を与える」このような神イメージを持つ日本人が多いということです。聖書の神は「在る」というお方、αでありω、愛、他にもいろいろな側面を持っていると思います。今日の聖書から分かることはオールマイティということではないでしょうか。

【俺のものは俺のもの、お前のものは俺のもの】

しかし、この言葉だけを読むと「なんて傲慢な」という思いを持たれるかも知れません。私はこの言葉を読んで、初めに頭に思い浮かんだのが、ドラえもんに出てくるジャイアンの言葉でした。「俺のものは俺のもの、お前のものは俺のもの」いかにもジャイアンらしい自己中心的な言葉です。「のび太のハチャメチャ入学式」というテレビアニメにこのセリフが出てきます。内容を詳しく書くスペースはないので、結論だけを書くと、のび太に対して「お前がなくしたものは、俺のものだと思って探す。お前の痛みは俺の痛みだ」ということなのです。

【共感】

神が「天の下にあるすべてのものはわたしのものだ。」と語る時、私たちの持ち物が神のものだということではなく、私たちの存在そのものが神のものだということになるのです。それは「所有」や「支配」を意味するのではなく「共感」を意味する、愛に根差した言葉なのです。

【神は愛】

愛という言葉を聞く時、多くの人は真っ先に恋愛感情を思い浮かべるでしょう。もちろん恋愛感情もとても大切なものです。しかし、愛という概念は、好き嫌いだけではなく、関係性の中で語られる言葉であり、概念なのです。神は条件次第で私たちを愛しているのではありません。ましてや生産性や能力に答えるものでもなく、存在を愛し、慈しんでくださるのです。

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