オリーブの葉

new-mercies

2017年8月13日  平和主日

創世記8章1~22節

宣教者:富田愛世牧師

【不幸な歴史】

最初の人間アダムとエバにはカインとアベルという二人の兄弟が生まれました。しかし、この二人は神への捧げものの事でケンカとなり、最初の殺人が起こりました。聖書は神による天地創造の業を記録しています。人の誕生を神が喜ばれたのも束の間、すぐに人は神を裏切り、さらにその子どもたちが殺しあうという不幸な歴史の始まりでもあるのです。

【ノアの時代】

ノアの時代、人は「常に悪いことばかりを心に思い計って」(6:5)いたと記されています。これは昔の話ではありません。ノアの物語を読む時、私たちはどの立場にいるでしょうか。一つはっきりしているのは、評論家のように神の立場に立ってはいけないということです。ある時はノアの立場に、またある時は滅びに向かう人々の立場にいるのです。

【神のあわれみ】

神は私たちが罪人として、滅びるままで良いとは考えていません。ノアの物語で神は何万人もの人を滅ぼし、たった8人だけを救ったと理解するのでしょうか。(ペトロの手紙二2章5節)神の救いの業は、何もなく救われるということではありません。罪の身が滅ぼされなければ、救われないのです。洪水に例えられるような悔い改めを神は求めておられるのです。

【水から上がる】

罪の身が滅ぼされることによって、新しい神の創造の業が私たちの内に起こされるのです。ペトロの手紙一3章21節に「バプテスマは、肉の汚れを取り除くことではなくて、神に正しい良心を願い求めることです」とあります。新しく生まれた私たちはイエスの福音を生きる者へと変えられたのです。(同上17、18節)

コメントは利用できません。

Copyright 2017 日本バプテスト東京第一教会