ひとつ、かなえられるとすれば

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2019年1月20日  成人感謝合同礼拝

マタイによる福音書7章7節

宣教者:富田愛世牧師

【ひとつ、かなえられるとすれば】

「一つだけ、願いが叶えられるとすれば何を願いますか?」このような質問をされたら何と答えますか。子どもたちに聞くとすぐに答えが返ってきます。しかし、年を重ねるにつれて、答えるのが難しくなってきます。「願い」では広がりがあるので「欲しい物」に限定したとしても答えるのは難しいと思います。

 

【求めなさい】

キリスト教に対して、あまり好意的ではない方から、イエスは「求めなさい。そうすれば、与えられる」と語っているが、本当なのかと質問されることがあります。そんな時、私は少し戸惑いを覚えながらも「その通りです」と答えます。しかし、この言葉を表面的に捉えるなら、そんな都合の良い話があるとは思いません。表面的な事柄に隠された内面にあるものは何なのでしょうか。私たちが願い求めている事柄の本質をしっかりと見つめ、捉えておく必要があるのではないでしょうか。

 

【叶えられる時】

また、求めたものが与えられる「時」ということも重要になってきます。求めたのだから、すぐに与えられると考えるのは間違っています。特に最近は何においても「効率」という言葉を出して、早くことを済まそうとしたり、短絡的に答えを求める傾向が強くなっているように感じています。

 

【忍耐すること】

神からの答えを求める時「忍耐」が必要とされます。今、答えが出なくても、最善の時があるということを知らなければなりません。聖書のコヘレトの言葉に「何事にも時があり」と書かれています。すぐに答えが出なくても、忍耐して待つことによって、私たちは成長するのです。与えられるもの、与えられる時は神が定めているのです。

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